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癒しの温泉〜有馬温泉
数年前、友人のもとへ神戸に遊びに行った私は友人の車で有馬温泉に出かけました。
以前からわたしは豊臣秀吉が愛したという、日本最古の温泉でもある有馬に一度は行ってみたいと思っていたのでとても楽しみでした。
有馬へは六甲ドライブウェイを通っていったのですが、六甲山の大自然がとてもきれいで、また神戸の町並みもすばらしかったのを覚えています。
有馬の源泉は、含鉄の塩泉で茶褐色をした「金泉」と無色透明のラジウム泉「銀泉」の2種類あるのですが、私はこのとき金泉のほうに入浴しました。
色はなんだか泥水みたいな感じなのですが、これがなかなか良くって肌はすべすべ、汗はいっぱいでるし、これぞ名湯!!っていう感じで大変癒されました。
そして入浴後のビールは格別にうまいんですね。サイコーでした。その日は日帰りだったのですが、次回はぜひとも泊まりで行きたいと思います。
有馬温泉の歴史は古く、神代の昔、大已貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二神が発見されたそうで、三羽の傷ついた鳥が湧き出した泉で傷を癒しているのを見つけて温泉を発見したのが始まり、と伝えられています。
日本書紀の「舒明記」には舒明天皇(631年)、釈日本紀には考徳天皇(647年)が御幸したとの記述があり、温泉史上、最も古くから文献にあらわれ、道後、白浜と並び日本最古泉の一つに数えられています。
有馬温泉が世に広く知られるようになったのは、奈良時代に行基菩薩が温泉寺を建立し、鎌倉時代には仁西上人が薬師如来を守る十二神将をかたどって十二の宿坊を建ててからといわれています。
行基菩薩は700〜750年に、薬師如来が彼の徳に感じて温泉を開かせ、有馬発展の基礎を築かせたそうです。
しかし1097年に有馬に洪水があって、人家を押し流し、有馬の地は壊滅してしまったそうです。
諸説はありますが、この大洪水以後95年間の有馬はほとんど壊滅状態のまま推移したものだと考えられています。
その後仁西上人が熊野権現に詣でた折、熊野権現からの導きで当時荒廃していた有馬の地を発見し、これを復興したそうです。
しかし有馬温泉の名を最も世に広めたのは戦国時代、天下統一を果たした豊臣秀吉です。
豊臣秀吉は、湯治のために、たびたび有馬を訪れ、戦乱や大火で衰退した有馬の改修を行い、また、湯山御殿(太閤の湯殿館に湯船の遺構が現存)を建てました。
江戸時代になってからは、その効能により全国でも評判の湯治場となった有馬には、多くの人々が湯治に訪れ、有馬千軒といわれる繁栄をするにいたり、その繁栄は今日の礎となっています。
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